『雪の一片』
その五

Writing by しろわに 様

 さくり、さくりと足元の雪が音を立てる。積もったばかりの雪は、儚く、そして汚れない白。その上を、直江はゆっくりと歩いた。
 昨日の雪は止んで、ただ音を吸い取るような一面の白が眩しく、先を歩く高耶の背中が淡い光に包まれているようだった。
 雪が積もった墓の前に、高耶がカサブランカとトルコ桔梗の花束を置く。代行業者に頼んでいたらしく、墓は荒れてはいなかった。
 白い息を吐きながら、高耶は墓の前にかがみこんだ。そっと手を合わせ、目を閉じる。
 「……佐和子かあさん、久しぶり……。ずっと来れなくて、ごめんね……」
 囁くような高耶の声。吐く息も白かった。
 末永佐和子。夫を事故で亡くし、最寄もなく、乳飲み子を抱え、それでも彼女は懸命に生きていた。隆也という、その子供が死ぬまでは。
 公園で、高耶を見て、彼女は何を思ったのだろうか。高耶の母が優しく息子の名前を呼ぶのを聞いて。
 ……この墓は、高耶の祖父である、仰木高之が作ったのだという。娘を失った彼が、それでも幼い孫への愛のために、憎しみを昇華させたのだろうか。
 祈るように俯いた高耶の背を、どこか痛ましいように感じて、直江はその肩にそっと手を置いた。高耶は眼を開いて直江を見上げた。
 「……直江、今日はありがとう。……一人じゃ、きっと来られなかった……」
 静かに高耶は微笑んだ。



 画廊の扉を押し開けると、すこしだけくたびれたような花が目に付いた。
 ゆっくりと、飾られた絵を見て回る。
 高耶がモデルだとは、誰も言われなくてはわからないだろう。それに直江は安堵した。綾子に大丈夫よとは言われていたが、心配だったのだ。心が狭いと言われようと、やはり直江は高耶が他の人間の目に触れるのが内心では面白くないので仕方がない。
 透き通るような妖精のような少女や少年、子供や動物。だが、直江にはそれが高耶だとすぐにわかった。……その瞳に刻まれた孤独。
 「……最終日だから、混んでるかと思ったけど、そうでもないな」
 高耶が意外そうに言う。
 「高耶さん、一般公開は昨日までなんですよ。今日は、知り合いだけにしたと綾子が……」
 直江は言葉を切った。
 そこに、見知った顔を見つけたからだ。
 高耶は驚いたように立ち尽くした。
 「……氏政兄さん……」
 高耶の長兄、氏政と、その隣には氏照もいた。氏照は高耶に気が付いて、いつものように優しい笑みを送ってよこした。
 そして、氏政は。
 奥の、最後の絵をただじっと見つめていた。
 灰色の空と、白い一面の雪。そこに、高耶が天を見上げて立っていた。なにかを希求するかのように掌を上に向けている。雲の裂け目からは、一筋の光。……その高耶の後に、直江が立っていた。白い服の高耶とは対照的に、直江は黒い服だった。そっと、高耶を守るように。
 タイトルには、二人、とつけられていた。
 氏政は、後に立つ高耶たちに気が付いたらしい。
 そっと、振り返った。
 「……高耶」
 名を呼ばれて、高耶は驚いたように顔を上げた。
 「……今日は寒いから、気をつけて、な」
 自身のマフラーをそっと高耶の首に巻き、高耶の顔を見つめ、そして、その頬にわずかに手を触れて、氏政はそのまま出て行った。
 高耶が慌てて振り返る。
 「にいさ……」
 いつもは拒絶しか示していなかったのだろうその背中を、高耶はただ見送った。
 そんな高耶の肩を、氏照がそっと叩いた。
 「……今日は、直江に言われて見に来たんだよ、高耶。直江……感謝する」
 氏照はそう言って、高耶の頬ーー氏政が触れたそこをそっと撫でて、直江に会釈して長兄の後を追うようにして去っていった。

 高耶はしばらく、自身の頬にそっと指を当てて俯いていた。直江は何も言わずに、その側に立つ。
 「なおえ……兄さんたちに?」
 「ええ、招待状を送りました。ご兄弟で感性が似ているんですね、天野さんの絵は氏照も好きだそうですから、氏政さんを誘ってきてもらったんですよ。不自然じゃないでしょう?」
 そう、そして、絵の中の高耶を見て、その剥き出しになった孤独を見て、高耶を理解したのだろう。
 「……でも……」
 氏照に心配をかけたくなかったのだろう、あんな風に孤独に俯く絵のモデルが自分だとは思って欲しくない、と思っていたから、スケッチブックを返したのだから。
 「天野さんにね、絵のタイトルを聞いて、綾子にも相談して、送りました。絵は、時には言葉に出来ないことを伝えてくれますからね、それが天野さんのような画家の手になれば尚更です。……ちょっと、嫉妬しますね。私が言葉を積み上げてもおそらく出来なかったことを、芸術家という輩はこうも簡単にしてのける」
 「……ううん、絵のおかげだけじゃないよ。直江の、おかげだよ。……なおえ……」
 高耶がそっと、手を伸ばしてくる。天ではなく、直江に。直江はそっとその手を握った。
 「……そばにいます。貴方を、決して一人にはしません。たとえ離れているときも、私の心は貴方のものです。……愛していますよ……」
 最後は耳元で、囁くように言われたその言葉に、高耶は赤くなった。
 「こ、こんなところでいう科白じゃないぞ……」
 慌てて手を振り払い、高耶は絵のほうに視線を戻した。
 「それにしても、この絵……直江、けっこうそのままだよな……。モデルになんていつなったんだ?」
 高耶のほうはどこか妖精じみた雰囲気と普段の高耶のイメージが離れているので、あまり似ているようには思われないで済みそうだったが……。
 「ああ、お兄さんたち、明日には『どういう関係なんだ!』と追求してくるかも知れないわよね、コレじゃ!」
 いきなり後から声をかけられて、二人とも驚いて振り返った。
 「ね、ねーさん?!」
 綾子はにんまりと笑った。
 「はあい、高耶。先週は風邪で寝込んだんですって?慎太郎さんが残念がっていたわよ。今日はもう少し後に来ることになっているんだけど、取材が入ってるのよね。ちょっと待っててもらえれば……」
 「え、いや、悪いし!そ、それに、直江がモデルなんてことで写真とか取られたら、ヤだし!じゃ、ね!また、今度ね。今日は招待、ありがとうございました!」
 高耶は直江の手を再び、今度は強引に取って歩き始めたのだった。








『わにの部屋別館』様の「723」を踏みキリリクで第5弾、頂きましたvv
最後まで紳士な直江に、邪まな私は完敗です〜♥
ふふふ♪直江!高耶さんを目の前にして、がっついていない直江がとっても新鮮でしたvvv
はぁ〜…。終わってしまいましたね。…淋しいです;;
でも、素敵なはっぴーえんどにほのぼのさせて頂きました!!
氏政兄とも和解(?)もできて、この後は幸せを満喫するだけですねvvvこの二人は♪
またキリ番を踏んだので、ホクホクしてますvv
素敵な作品を、本当にありがとうございました!!

2004.3.20


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