――――
 オレのそばに来たいのなら勝ちあがってこい

    あの時、あなたから言われた言葉。
    私はこれ以上の愛の言葉はないと受け取ったけれど…だけどッ!!
    こんなにもすれ違ったままで、あなたはいいのですか?
    高耶さん…
 
Wait for the blackout !

プロロオグ

直江が半ば強制的に赤鯨衆に入隊してから数ヶ月が経とうとしている。その間、彼は高耶の言葉通りに自分の能力を隠すことなく戦闘に望んできた。
その傍らを勝ち取るために… 
今では隊内でも一目おかれる存在だ。だがその地位が上がろうとも、当初直江が思っていたように絶えず高耶の傍に居られるわけではなかった。
配置先もそれぞれ違う隊な為、たまの軍議の際にすれ違う程度…という状態がここのところ続いている。
これも多忙な高耶の立場からすると仕方がない。ましてや、彼は自分の事よりも任務を優先させる性分だ。どんなに求めていようとも、自分の心に眼を閉じてしまい何でもないかのような顔をする。いっそのことその本心を暴いてしまいたいほどに。自分はこんなにも求めているのに、あの呪縛のような言葉があるかぎり背くことはできない。愛の言葉であると同時に自分を戒める呪縛の言霊。目に見えない言葉という鎖に繋がれ、本能を押さえつけられている。
呪縛・拘束・拘禁。言葉に縛られ、閉じこめられる欲望。
いっそのことこんな鎖など引きちぎってしまい、そのまま奪いに行ってしまいたい!
だが、高耶にその言葉を吐かせたのは誰でもない自分自身だ。
自縄自縛に苦悩しながら、今日も眠れぬ夜を過ごす直江だった…  

Act.1

自分でもこれまでよくもったものだと思う。400年かけて育成された理性は伊達ではなかったようだ。
だが、触れられなかった時間が長かった分、手に入れてからの反動は大きい。今では一分一秒でも離れている時間が惜しい。
ましてや制限が付けられてしまった命だ。まだ諦めてはいないが、それでも常に傍にありたいと思うのは当然のことだろう。
ぎりぎりまで耐えていたが、もう限界だ。今はあの行方を探して彷徨っていた時とは違う。
白い檻に閉じこめ、そこから去っていった彼。失ったと知ったときの喪失感と絶望感は今でもこの身体に染み込んでいる。
二度と味わいたくはない感情だ。だが、今は手をのばせば触れられるところに彼がいる。
その細い腰を抱き、赤く熟れた唇に触れたい… 
手を伸ばせばあなたがいる…
瞳は赤く染まってしまったが、尚もその輝きは失われていない。
あなたがそこにいる―――― 

「橘、ちゃんと話聞いているのかッ!」

いきなりの怒声に思考が打ちきられる。すっと、正面を見据えるとそこには怒った顔をした高耶がいた。
先ほどまで自分の脳裏で泳がせていた彼ではない、隊長の顔をした高耶だ。どうやら自分が会議に集中せずに他事を考えていたのに気が付いたらしい。
苦々しい顔をしながら睨み付けてくる。
自分の焦れる想いに気づこうともしない高耶に苛立ちながらも、それでも頭の端で聞いていた作戦について冷静さを保ちながら答えた。

「仰木隊長、あなたの作戦はわかりました。ですが、その方法はあまりにも危険です。
 それではあなたの…」

と言いかけて、直江は口を噤んだ。何よりも今さら高耶は作戦を変更することはないだろう。いくら自分が意見したことで変わるものでないことは分かり切っている。だからと言って、その作戦はあまりにも危険すぎた。いくら指揮するだけだといっても、隊長である高耶が前線に立つということで、その力は酷使されることだろう。そんなことではいつまた力が暴走するか分からない。おそらく状況によっては霊枷も外してしまい、参戦するのだろう。ならば自分が彼の補佐をするしかない。
直江は、深くため息を付きながらも、何でもないと言うように手を振った。
その様子に高耶は口を噤んでしまった男を怪訝そうに見ながらも、それを了解の意と捉えたようで会議を終了させた。

会議室から幹部達が出ていく。一番最後に退出した直江を待ち受けていたのは、先に出ていた高耶だった。

「仰木隊長…」
「さっきのあれは何だ。」

まだ彼は納得していなかったらしい。自分の立てた作戦がこの男にすんなり受け入れられるはずがないと思っていた高耶だ。
あっさりと引き下がったことに疑念を抱いているようだ。

「何だといわれましても…あなたの作戦は無謀だと言ったまでです。
 ですが、あなたは私が止めても戦いに出てしまうんでしょ?」

自分が止めても無駄なことは分かっている。直江は己の無力さに自嘲気味になりながら揶揄の言葉を向けた。

「…分かっているのなら、意見するな。
 おまえはオレに従っていればいいんだ。」

いつものように傲岸に言い放つ高耶。だが、その瞳は揺れ、どこか焦りを感じさせる。何に焦らされ苛立っているというのだろうか。
どことなく違和感を感じた直江はそっと手を高耶の頬へと伸ばすが、その温かいモノに触れる筈だった手は既のところで振り払われた。

「高耶さん…?!」

行き場を失い宙を彷徨う手。高耶はスッと眼を細めると、会話を打ち切るようにして立ち去って行ってしまった。
何か彼の気にさわるような事をしたのだろうか。自分が彼の作戦に意見するのは今に始まったことではない。
それにしては今の高耶の態度は気にかかる。直江は後を追うことも出来ずに思考の海溝へとはまっていった。


暗く佇む直江の後ろで蠢く3体の物影…
先ほどからの二人のやり取りをコッソリと、だか心配げに覗いていた者達がいた。

「おい、見たか?今の二人」
「うん。じゃが、仰木さんと橘さんてよく喧嘩しちょるな。仲悪いんじゃろか。」
「う〜ん、どうだろな。俺は仲良さそうにしているとこも見たことあるけど…」
「ええっ?!武藤さん、マジっすか?俺なんて卯太郎と同じで口論しているとこしか見てないんだけど。あの二人が仲良くってどんなです?」
「どんなっていうか、あいつ笑っていたんだぜ。珍しいだろ?仰木が笑うだなんて。」
「そうですね、仰木さんが笑っているとこなんて小太郎に餌やっちゅう時ぐらしか見たことないがよ。」
「「見たんかい!!」」
「ええvでも…どことなく寂しそうな笑顔じゃった…あん人はなかなか本心を見せてくれない人じゃき…」
「そうなんだよな〜。いくら俺たちを仲間と認めてくれたとは言ってもまだどこか一線を越えてないもんな。
 それが、あの橘だと思わず素の表情見せるんだよな、あいつ。それに橘がこっちに来たときってやたらと仰木にくっついていねえ?」
「そういえばそうですよね。橘サンが一方的にって気がしないでもないですが…でも、隊長が本気で言い合っているのもあの人とだけだし。
 じゃあ、ホントは仲いいのか??」
「う〜ん、それもどうだろう。仲良しっていうのとも何だか違うような気がするけど。
 あの二人って、なんとなく雰囲気の似ているところがあるから案外気が合うところもあるのかもしれないしな」
「よし、それじゃあこれを機会に隊長と橘サンの親密度をこっそり調べましょう♪」
「親密度??」
「そうだ。いいか、卯太郎。お前は幸い隊長のお気に入りだ。俺達もこっそり調べるからそれとなく橘サンのことを聞いてみてくれ。」
「うん、わかった。あの二人、本当は仲良しじゃといいんだけどなぁ」
「で、楢崎。俺はどうすればいい?」
「そうっすね〜。武藤さんはそのカメラの腕を生かして二人が仲良くしている現場を激写しちゃってください。 
 あ、でもバレると隊長に怒られそうなのでコッソリとお願いしますね。」
「わかった。それで仰木の笑顔が撮れたら儲けもんだもんな。それじゃあ、この作戦はこの三人だけの秘密ということでいいな。」
「ラジャー!」
「了解じゃ。」

こうしてお節介三人組の<仰木隊長&橘のホントはど〜よ?作戦>が秘密裏に開始されたのだった。    

Act.2

やはり先ほどのことは納得がいかない。自分は彼の行動全てを否定しているのではない。彼が望むのであれば戦場に供に立ち、その傍らを支えるつもりもある。もちろんそれは彼に力を使わせないためだ。なのに、今の彼は守られるという行為、それさえも拒絶しているようだ。何がそうさせているのか、その原因を探るべく直江は漸く高耶の後を追い始めた。

「こちら卯太郎。今橘さんが仰木さんの部屋の前に立っちょります。
 もうすぐ食事の時間ですき、呼びに行きながら様子を伺ってきます。どうぞ。」
「OK。こっちも武藤さんと一緒に今後の作戦会議中だ。その後の報告を待つ。どうぞ。」
「了解。あ、橘さんが部屋に入って行きました。頃合いを見てわしも中見てきます。それじゃ。」

そこでプツと卯太郎からの連絡が途切れた。おそらく部屋の中の様子を伺う為に近づいていったのだろう。
作戦本部室と称した、彼ら3人が同居する部屋にて楢崎&武藤組は卯太郎からの連絡を心待ちにしていた。


高耶の部屋の前まで来たはいいが、しばし躊躇する。それでも深く息を吸い込むと、軽くドアをノックする。まだここは部屋の外だ。
誰に聞かれたとしてもいいように一隊士としてお伺いを立てる。

「仰木隊長、橘です。先ほどのことでお話があるのですが、中に入れていただけませんか。」

そのまま中からの返答を待つ。だが、一向にドアが開けられる気配がない。中に高耶がいることは確かだ。今でもその愛しさに満ちた気が感じられる。頑なに閉ざされたままのドアがまるで彼の心がそうしているように思われ戸惑うが、もう一度ノックを繰り返す。それでも開かれない扉に苛立ち思わず高耶さん…と言いかけた時、重い音を立てて閉ざされていた扉が開かれた。そこに立っていたのは焦がれていた愛しい人。
思わずなりふり構わすにその身を抱きしめそうになるが、またもややんわりと拒絶された。一度ならず、これで二度目だ。
何がそうさせるのか皆目分からないというように、直江は声を荒げた。

「高耶さん、どうしてッ!!」
「声が大きいぞ、橘。あの話は終わったと言っただろう。用がないというのなら早く戻れ。明日の作戦にはおまえも参加するんだろ?
 こんなところで油売っていないで、与えられた任務の遂行を成功させることを考えろ。部屋では宿毛から一緒に来た者達が待っているんだろ。
 戻ってやつらと作戦の推考をするんだ。わかったらさっさと行け。」

自分のことを直江とは呼ばない。橘と呼ぶのはあくまでも赤鯨衆の隊士として扱っているからだ。
今は自分の恋人ではないと…拒絶の意味がわからないまま直江は感情を押し殺していった。

「たか…仰木隊長、あなたはそれでいいんですね。
 あなたが戻れというのなら戻ります。私はあなたに従う者ですから…」

直江も高耶がそうするのなら、今は恋人である立場を外そうと言外に言ってくる。
滾る思いをその険しい表情に隠したまま、直江は形ばかりの礼をすると部屋を出て行った。

部屋の外で様子を伺っていた卯太郎だったが、何だか怪しい雲行きに中に踏み込めずにいた。
高耶に呼びかけられないままドアの外に突っ立ていると、中から出てきた直江と視線がぶつかった。今までに見たこともないほどに険しい表情だ。
その冷えた眼差しに一瞬背筋が凍り付きそうになるが、言葉を交わすこともなく男が立ち去ってしまうとやっと忘れていた呼吸を取り戻した。
遠慮がちにドアをノックし、食事の準備ができたことを伝える。すると、こんどは間を置かずにすぐに中に招き入れられた。


「卯太郎か…ありがとう。ん、どうしたんだ?そんな顔をして」

いったい自分はどんな顔をしていたというのだろうか。卯太郎は泣きそうになる気持ちを抑えていつもの明るい笑顔を取り繕うと、用件を伝えてそそくさと出ていった。先ほどの不穏な空気を感じさせない程柔らかく聞いてくる高耶。自分にはこんなにも優しいのに、なぜ橘さんには…と疑惑がますます膨らむ卯太郎だった。


「だめじゃ〜。また喧嘩しよったがよ。仰木さんは大丈夫じゃったが、橘さんがとてつもなく怖かったがよ〜」

半ベソをかきながら報告する卯太郎。ただでさえ恐れられている橘だ。それがさらに怖くなっているとは…想像するだけでも恐ろしい。

「はあ〜やっぱ、仲悪いんじゃないんすか、武藤さんの見間違いですよ。
 だいたいあの隊長と橘サンが仲良くお友達♪ってしているほうが想像できないっすよ。」
「何だと!確かに見たんだよ、仰木が橘と笑い合っているとこ!
 よし、それなら今度は俺が行ってやる。ちょうど食事の時間だからもしかしたら一緒に食事しているかもな。」
「あ、でもさっき喧嘩しょちょったから一緒にはおらんと思うが…」

卯太郎はまだ先ほど受けたあの男の怖い人オーラが堪えているのだろう。
食堂でまた橘さんに会ったら嫌だなと思いつつも、食欲に勝てるはずもなく渋々二人に付いていった。


Act.3

三人が食堂に入っていくと、高耶と直江はそれぞれ離れた位置に座っていた。やっぱり喧嘩中なのだろうか。
高耶はともかく、あの男が距離を置いているというのは珍しい。その様子に卯太郎はやっぱりという顔をし、あからさまにため息を付いた。

「やっぱりケンカしちゅうがよ。それに二人ともなんだかおっかない顔しとるし…」

まだ卯太郎は及び腰のようだ。そんな卯太郎を後目に潮は高耶へと近づいていこうとするが、一人の男の登場により二の足をふんでしまった。

「あ、兵頭さんじゃ。」

卯太郎が呟くと同時に、その男は一言断りをいれると高耶の近くの空いた席に腰を下ろした。なんとなく兵頭を苦手としている潮はそれ以上高耶に近づくことができなくなり、仕方なく次のターゲットである直江へと歩み寄って行った。見ると、なぜかその男は鋭い眼差しを向けている。
高耶にだろうか、それとも兵頭に?
だがそんな感情の揺れに気が付きもしない潮は何の躊躇もなく、直江の隣りに腰を下ろした。それにあとの二人が続く。

「どうしたんだ、橘?そんな怖い顔をして。今夜の飯そんなにまずかったか?」

睨み付ける目線の先に何があるとも知らずに、のほほんと潮が尋ねてくる。
そのあまりのらしさに思わず苦笑する直江だったが、気が付くと潮以下三人の若者に囲まれる形になっていた。

「いや、味はいたって普通だ。
 それよりもお前たちが俺のところに来るなんて珍しいな。仰木隊長の方へ行かなくてもいいのか?」

どことなく言葉に自嘲気味な響きがある。

「それを言うならあんたの方だろ?いつもなら仰木の後くっついてまわっているくせに、今日はどうしたんだよ。」

一瞬言葉に詰まった直江だが、何かを答えようとした瞬間、高耶達の方から会話が流れてきた。
先ほどまでは作戦内容について何か意見を交わし合っていたようだが、ふとした兵頭の言葉により直江の表情が凍り付いた。

「それよりも今日は珍しいですね。あなたの近くにあの男がいないなんて。何かあったがですか?」

あの男というのはただ一人しかいない。しかし高耶はその表情を崩すことなく何でもないことのように言ってのけた。

「あの男とは橘のことか?別にオレ達はいつも一緒にくっついているわけではない。
 それに変な誤解がないように言っておくが、オレは誰かを特別扱いするつもりはないしこの身体の為に特別扱いされる気もない。」

いつの間にかその言葉は直江に向けられていた。それはつまり、身体のことを心配していても守られる必要はないということを言っているようだ。
だがそれだけではあれほどの拒否の理由がわからない。直江は射るような眼差しを高耶へと向けながら音を立てて席を立つと、食事も満足に取らないまま出ていってしまった。これにはさすがに同席していた潮たちも驚いた。
高耶の言葉の何に男が気を悪くしたのか分からないまま、ただ後味の悪さを噛みしめていた。

「うわっ!なんかやばくね?あいつらってやっぱり仲悪いのかなぁ。あ〜もう、わかんなくなってきた。」

自分が今まで見てきたのは何だったのかと頭を抱える潮。卯太郎も密かに二人の仲の良さを期待していただけにショックなようだ。
だが、楢崎は…

<あれ?さっき兵頭さんが隊長のとこに座ったときの橘さんって…
 あれって、アレだよな?隊長に対してよりも兵頭さんを睨んでいたような?
 って、あれ??何でだ。隊長のこと嫌いならあんな顔しないよな…>

何か思いつくことがあったのだろうか、楢崎は立ち上がると慌てて直江の後を追って行った。
残された二人は訳がわからないというように楢崎の後ろ姿を見送っていた。



Act.4

すぐに後を追ったはずだが、男の姿がどこにも見あたらない。コンパスの違いがこんなにもあるとは思いも寄らなかった。
思い当たるところを探し回っているうちに屋上へとでていた。暗がりの中に小さな明かりが浮かんでいる。
それが何であるかを確信した楢崎はゆっくりとその明かりの下へと近づいて行った。

「こんなとこに居たんスか、橘さん。」

背後から声をかけられ、屋上のフェンスにもたれながら紫煙を燻らせていた直江が振り返る。
だが、近寄ってきた人物が楢崎であることを確認すると、興味なさそうにまた身体を戻し吸いかけの煙草に唇を寄せた。

「ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど…」

それでもこちらを向くことのない直江に言い淀む楢崎だったが、そこは若さの勝利だろう。思い切って直球を投げてみた。

「もしかして、あんたって仰木隊長のこと好き?
 もちろんそういった意味でだけどさ。」

思わぬ楢崎からの言葉に、今度こそ直江は正面に向き直った。
ようやく暗がりに目が慣れてきたようだ。今では心なし寂しげに微笑む男の表情が見て取れた。
直江は吸っていた煙草を足下に落とすと、それをもみ消しながらゆっくりと口を開いた。

「あの人の事は…大切だと思っている。」

この男が高耶のことをあの人と呼ぶとき、それは特別な響きを持っていることを楢崎は今確信した。
そして特別な感情を持ってその名を呼ぶことも…

「それって、つまり隊長のことを」

楢崎はもっとこの男から核心をついた言葉を引き出したかった。普段は感情をあまり表に出さない男だ。そんな彼から本当のことを聞き出したかった。

「俺はあの人を…高耶さんのことを愛している…」

直江は静かだが、熱く切なげに吐露した。
やっと暴き出した真実の心。自分が求めていた通りの言葉を包み隠さずに紡いでくれたことにいっそ感動すら覚える。

「で、隊長もあんたのことそう思ってんだろ?」

だが、直江は微笑をまた切なげな表情の中に閉じこめ、それはどうだろうな…と小さく呟いたきりそれ以上口を開くことは無かった。
また背中を向けて煙草を吸い始めてしまった直江に楢崎がエールのような声をかける。

「あんた達に何があったか知らないけど、きっと隊長だって同じ気持ちだって思うぜ。
 だって、隊長が本気で感情ぶつけていくのってあんただけだもんな。
 俺、あんたたちのこと応援するからさ、早く仲直りしなよ。」

俺だって隊長には笑っていて欲しいからさ…と少し照れたように呟く楢崎がこんなに荒んだ状況の中で垣間見せた少年らしさのようで、
何だか微笑ましかった。それだけを言い残すと、楢崎は潮達の待つ自室へと戻って行った。

「同じ気持ちか…」

揺らいでいたものが楢崎によって確固たる自信へと変わり、今度こそ煙草をもみ消した直江はもう一度彼の元へと急いだ。


Act.5

再び高耶の部屋の前に立つ直江。ノックしようとドアに手をかけたとき、その扉が薄く開いているのに気が付いた。ゆっくりとその扉を開いていく。
閉ざされかけた彼の心を開いていくように…
滑らせるように身体を中に入れると、そこには机のうえに突っ伏したまま眠る高耶がいた。
部屋の中は冷たく澄んだ空気が流れているが、冷え切っている。見ると高耶の頭上の窓が開け放されているため、そこから冷気が入っているのだろう。直江は窓辺に近づき静かに戸を閉めると、小さく寝息を立てている高耶に目線を移した。机の上に書類が散乱しているのを見ると、明日の作戦のことを見直しながら寝入ってしまったのようだ。よほど疲れているのか、自分が入ってきたことにも気が付くことなく眠り続ける高耶に、目を細めながら上着を脱ぎかけてやる。
すると、急に感じた温もりのためか、高耶が身じろぎしてかけられた上着を引き寄せるが目覚める様子はない。
無理に起こすのも戸惑われたのでそのまま部屋を出ていこうとするが、眠る口が何かを紡いだ。
なおえ…と。
目覚めて呼ばれたのかと振り返る。だが、すぐにそれは寝言であることに気が付いた。
そのままそっと眠る高耶に近づき、閉じられている瞼に優しく口づけを落とす。目覚めさせぬように軽く触れるだけのキスを。
それだけすると、直江は今度こそ部屋を出て行った。

眠っていた高耶だったが、肩口にふと嗅ぎ慣れた匂いがする。
微睡みながらうっすらと目を開けるが、そこにはすでに男の姿はなくまだ温もりの残る上着だけが残されているだけだった。
男の身に包まれるような感覚の中、高耶はかけられた上着を手元へとたぐり寄せて抱きしめ続けた。
触れられない哀しみを癒すように…



一夜明けて、作戦決行当日。戦況は上々で高耶の思惑通りに事は進んだ。直江も与えられた任務を難なくこなし、それが彼らを勝利へと導いていた。
しかし、絶えず頭の中には高耶の力の行使のことがあった。
戦闘前にそれでも補佐をしようとする直江だったが、釘を刺すように高耶から自分の任務に付くようにと命令され、
苦々しく思いつつも彼にそこまで言われては仕方がない。
戦地に赴く高耶が一言、直江に残した言葉
――――オレを信じろ、と。

結果は赤鯨衆が勝利を収めることとなり、敵は敗走した。隊士達が勝鬨の声を上げている。
そんな喧噪の中、一人勝利の余韻に浸ることもなくただ一点を見つめている男がいた。
隊士達に囲まれ声援を受けている高耶の背中をただ見つめ続ける直江だ。
すると、くるりと正面を向いたかと思うと人並みを掻き分けるようにして彼がこちらへと向かってくる。
ゆっくりとだが、確実に自分の元へと歩み寄ってくる。直江はただその様子を真摯な表情で受け止め続けた。
あと僅か、というところで高耶は自分の横を通り過ぎていった。呟きと供に。

―――― 今夜…部屋で待っている

その言葉に小さく目を見開いた直江は振り返りざま、去っていくその背中に深く親愛の情を込めて一礼をした。



エピロオグ

昼間の喧噪を忘れたかのように皆が寝静まった頃、男は固い扉に対峙していた。複雑な思いが去来する。
取り憑く悲壮感を振り払い、意を決してノックしかけるが、手を触れるまでもなくそれは中から開かれた。
そこには彼の人が立っている。白いシャツの上に自分の黒いジャケットを羽織った高耶が―――― 
そのコントラストを眩しく思い目を奪われていると、急に腕を引っ張られ部屋の中へと引き込まれた。そして合わされる唇。
そうしてくる高耶の気持ちがわからずに直江は思わず声をあげた。

「高耶さん、どうしたというのですか!この間から少し変ですよ。
 私のことを避けていたかと思えば、今はこんなことをしてッ。
 あなたはいったい…」

直江が言い終わらないうちに再び塞がれる唇。ようやく解放された時には高耶が潤んだ眼で見上げてきた。

「今は黙っていろ」

その言葉とともに床に落とされる衣服。月明かりに照らされる肌が艶めいて、誘いをかけてくる。
蠱惑的な肌に魅入られるまま、直江はその身体を抱きすくめた。

  今はただ溺れていこう――――千年の乾きを癒すために…



乱れる呼吸が落ち着きを取り戻した頃、高耶が一言ずつ語りだしていった。

「オレは自分自身に賭けをしていたんだ…」
「賭け?」
「そう、賭けだ。オレは今回の戦いにおいてあることを自分自身に賭けてみた。
 もう二度とおまえのこれを引きちぎらないように、感情と力をコントロールしてみせると。」

そう言って見せた高耶の腕にはシルバーのブレスレットが鈍い光を放っていた。

「もちろん、もっと激しい戦いになれば感情が優先してしまうオレのことだからどうなっていたかわからない。
 だけど今回は…おまえがしっかりと補佐してくれていた。だからオレは前線にいても指示するのみで力の行使は極力抑えられたんだ…」

ここにきて初めて、直江は自分の置かれた立場が高耶を補佐する形になっていたことに気が付き、あらためてこの景虎という男の洞察力に瞠目した。
 
「そして誓いを立てた。その賭けに勝つまではおまえに触れないって…」
だってそのほうが気合い入りそうだろ?
少し照れくさそうにそう言う彼がとても愛おしく感じられ、まだ余韻の残るその身体に再び熱いキスを降らせていった。

「…ッッ!それと…あともう一つ…」

再び奮えだしてしまった身体を捩りながら、高耶がもう一言付け加えた。
今回の作戦で橘が成功を収めることができたら、次回の作戦に向けて一ヶ月の間自分の傍で特別訓練を受けさせるということ。
高耶が直江に与えた任務が難航だっただけに、嶺次郎は<橘が無事為し得ることが出来たのなら>と了承してくれたようだ。

「おまえは、それを自分の力で成し遂げたんだ…」

その裏に高耶の策略があったとしても、任務を遂行したのは直江一人の力であったのには違いがない。
だが、いつの間にか自分は高耶の手の中で踊らされていたようだ。それに苦笑しつつもやはり傍に居られることは嬉しい。

「それじゃあ、これから一ヶ月の間ずっとあなたとこうしていられるのですね。」

嬉々として尋ねてくる男に高耶も苦笑しながら、

「何いってんだ、オレが直々に特別訓練してやるんだぞ。覚悟しておけよ!」
「仰木隊長、お手柔らかに頼みますよ。だけど夜の訓練は、ね?」

と主導権を取り戻しつつある男は愛おしげに背中に口づけながら、この我が儘な主君を腕の中に閉じこめた。
これからの一ヶ月間、周囲を巻き込んでの甘い時間が流れそうだ…

そして、あの三人はというと――――

「で、結局どうだったんだよ。楢崎、お前なんかわかったんじゃないのか?橘から何か聞き出したんだろ。」
「え?いや〜…橘サンは何も言ってなかったっすよ。
 だけど、ほらさっき見たでしょ?食堂に二人で入っていくとこ。なんだか仲良さげじゃなかったですか。」
「うん、わしも見た!橘さんも笑ちょったもんな♪」
「「!!」」
「珍しいじゃろ?でも、橘さんもあんな顔するんじゃね…」
「そりゃ、隊長にだからだろ(ボソッ)」
「え、なんだって楢崎?」
「いえ、何でもないっすよ武藤さん。でも良かったですよね。」
「何が良かったんだ?」
「だって、橘サンしばらくこっちに居るそうじゃないですか。そうしたら隊長の笑ったとこ、結構見られると思いません?」
「あ、そうか!そうだな。よし、この機会にバシバシ写真撮ってやるぜ〜!これでオレの仰木写真集も完成間近だな♪」
「そんなん作ってんすか、武藤さん…」
「おうよ!これで結構需要あるんだぜ。」
「それ、橘サンには言わない方がいいですよ。」
「え?何で。」
「何でって、橘サンは…」

と言いかけたところで止めてしまった楢崎に潮と卯太郎が不思議そうな顔をする。
彼らのことは自分だけの胸にしまっておこう、と橘を影ながら応援する楢崎だった――――

END


            Thanks 10,000HIT!!
             ケロさんに捧げます…
  
              2003.11.14 がじむ by Bibliomania




『Bibliomania』の がじむ 様から頂きました!!


『苦労しても、やっぱりあま〜い時間を過ごす二人vv
がじむさんの赤鯨衆好きなので、メンバーも出てくると嬉しいです♪(特に、兵頭v)』
と、言うワガママなお願いを聞いていただきましたm(__)m
がじむさんの書かれるステキな小説の中で、特に「赤鯨衆」が舞台のもの好きなんです!!
私的ツボは、楢崎〜vvv がんばってますよね!!
このキリリクでも、『いい仕事してますねぇ〜』 楢崎!

しかも、とっても高耶さんが〜〜(…言葉にならないっ)
シリアスな流れの中にも、笑える所も有ったりしてvvv
凄いです!!
シリアスな流れも、とっても二人がッ…。
なんか、感動しすぎて、言葉にならないです;;


本当にありがとうございましたっ!!


gift

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