Novel-Lunatic 1

Lunatic ⅰ

「兄さんッ！！いきなり言われて、はいそうですかと頷けると思うんですか？！」
『…義明、お前が家に寄り付かないのが原因だと自覚していれば、頷くしか無いと思うがな。お前が結婚するまでは家にいると、母さんは思い込んでいたんだぞ』
「兄さんたちお二人が結婚されて家庭を持たれたのですから、私は家にいない方が良いと思ったんですよ」
『…お前は、母さんにとっていつまでも特別なんだよ。──言いたくはないが、幼い頃から兄弟の誰よりも心を砕き、成長して早く家庭を持って…と思っていたら、長い事失踪して…。
ようやく戻ってきたと思ったら家には入らない、仕事はうちの会社でも東京支所でなくては仕事をしない等我侭を言い、しかも、同居人がいるらしいと聞けば、相手に会って挨拶をと思うのが当然の親心だろ？
なんなら、今日母さんの望み通り今からそっちに連れて行ってもいいんだぞ。でも、いきなりではお前の方も…色々とあるだろ。だから、日を決めて一度二人で家に顔を見せななさいと言っているんだ』
こうまで言われてしまっては、これ以上の抵抗を長兄に示す事は難しくなった。直江は短く来週の日曜日に伺いますと返事をして、電話を切った。
しかし、直江の頭を痛めているのは、何よりも…愛しい同居人の高耶にこの事をどう告げようか…その一点だけだった。
自分だけなら、どうにでも口先で誤魔化せるものを…。
高耶も連れて行かねばならないとなると、高耶自身の心労やプレッシャーを容易に想像できてしまい…本来なら連れて行きたくない。
だからと言って、適当に別の女性でも身代わりに連れてゆけば家族は納得するかもしれないが、…高耶がそれを知ってしまえば傷付く。
たまに高耶よりも早く家に着いて、一緒の時間を過ごせると年甲斐もなく浮かれていた直江にとってとんでもない落とし穴だった。
出てくるのは、溜め息ばかりだ…。

「直江。体調でも悪いのか？」
珍しく自分よりも先に帰宅していた直江は妙に会話の歯切れも悪ければ、夕食も自動的に箸を進めているだけのようで、全体的に上の空だった。
「…それとも、何かあったのか？」
高耶が訊ねてくる言葉にすら、直江は溜め息をついてしまう。
「…話してみろよ」
「実は…、今日兄から電話が有りまして、実家に顔を出すようにと…」
「そっか。、実家の家族にはしばらく会ってなかったろ。ゆっくりして来いよ」
「それが、ですね…。一緒に暮らしている人を連れて来いと…」
「ふ～ん。…えっ？！あぁ！連れて来いって、オレをかっ？？」
「…やはり、…イヤですよね…」
「イヤっつーか。…その、関係とかは、知らないんだよな？」
「すいませんッ！！実は先日、見合い話を断るのに、一緒に暮らしている人がいるのでその話はお受けできないと断ったんです。その…一緒に暮らしているとしか言っていないので、女性とも男性とも…明言はして…」
「バカかッ！！オマエはッ！そんな風に言ったら、誰だって女と同棲中で結婚を考えていると家族は思うだろうし、その人に会いたいと思って当然だろうがッ！」
「…そう、なんですが…」
「オレは知らないからなッ。自分で撒いた種は自分で摘んで来いッ！！」
そう宣告すると、高耶は自室に篭ってしまった。
直江はひたすら来週の日曜日がいっそ消滅してくれないかと、些か往生際の悪い祈りをしていたがそんな事を聞き届けてくれる神はいないだろう。

「では、行ってきますね」
直江が当日の日曜日、出かけるために高耶に声をかけると、外出の仕度をした高耶が部屋から出てきた。
「高耶さんも…どこか、出かけるのですか」
思わず訊ねてしまった直江に、高耶は苦笑した。
「ばーか。…オマエ一人行かせたら、またどんな失言をしてくるかわかんないだろ。…だから、一緒に行くんだよ」
玄関に先に歩いて行ってしまったのは照れているせいだろうか。高耶の背中を見ながら、直江は自分の頬が緩むのを自覚してもそれを戻す事ができなかった。
日曜の首都高は混んでいるので、裏道を通り岩槻インターから高速道路に入る。しかし、インター付近と言うのは目のやり場に困るほどラブホテルが乱立していて、高耶は目を伏せた。
そんな高耶を横目で見て微笑むが、高耶には悟られないようにしなくてはと意識的に口元を引き締める。
直江自身もあまりこう言った安っぽい場所は使ったことは殆どなかったが、高耶の今の表情を見ていたら…思わず実家に行くよりも進路変更してしまいたくなる。しかし、そうなると怒られるのは必至で、怒られるだけでないのも目に見えていて…せめて帰り道にしようと不埒な事を考えていた。
「…直江。バカなコト考えてんじゃねぇーぞッ」
そんな直江の表情は他者からは変わりのないものに見えても、高耶からは丸分かりだった。
機嫌を損ねてしまったかと思うが、徐々に緑の多くなる道路沿いの風景に高耶は機嫌を直しつつあったようだ。
車は鹿沼インターで高速を降りた。
「え？宇都宮インターまで高速に乗るんじゃないのか？」
「宇都宮インターと言っても、市街地からは結構距離があるんですよ。手前の鹿沼で降りてもあまり時間的には変わりがないので」
高速を降りた途端に、高耶は直江の家族を想像して緊張が高まってしまった。表情を強張らせている高耶に直江は申し訳ないと思いつつも、高耶の知らない今の自分が成長した土地を見せられる…そんな普通の恋人同士のような行為に少し浮かれていた。
が、普通の恋人同士と言うカテゴリーに、同性の恋人も含まれるのか直江の思考には欠如していた…。

NEXＴ ... Lunatic ⅱ

リクエストにあった橘さんちのお兄様方…、まだ電話でしか出てきていないのに、
続いてしまいました…(T_T)
かなり書くのに時間がかかってしまい、本当に申し訳なさで一杯です。
リクエストを頂いた時にありがちなネタと思いつつも、直江の実家に挨拶に行く高耶さんを書きたい！と思ったのですが、
書こうとしたら…最終巻がでてしまい…(T_T)
辛すぎて、書けませんでした…。
そして、時間を頂き書き始めたのですが、ちょっと続いてしまいます(^^ゞ
なるべく、そんなに時間をかけずに完結したいと思っていますので、
何卒、よろしくお願いしますm(__)m

2004.7.18

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