Novel-Lunatic 2

Lunatic ⅱ

「スッゲー…。疲れた…」
橘家の家族となんとか挨拶を済ませ、客間に通された高耶は畳の感触を味わうようにゴロゴロと転がりながら、呟く。
そんな高耶に直江は苦笑しつつ、詫びる。
「…スイマセン。色々と…家族が聞いてしまって…」
「仕方ねぇーよ。…家族としたら、可愛いお嬢さんを連れてくると思っていたのに、来たのは…オレだもんな…。でも、絶対勘違いをしてたな…」
「──えぇ」
直江が言いよどんだのは、自分が家族の勘違いを、あえて訂正しなかったからだ。
家族は高耶を直江の恋人の兄か弟だと思ったらしい。それは高耶に兄弟を聞いたとき、妹が一人いると答えた途端に両親に浮んだ明らかな安堵の表情から、誰が見ても確かだった。それに…曖昧な言葉と表情で、明確な答えは口にしなった。
それを訂正して、自分に必要な人はこの人だけですと…、どんなに告げたかったか。それを口にすれば、きっと高耶が辛い思いをすると分かっているだけに…言えなかった。…高耶を傷つけても。
同じ傷ならば自分の家族でなく、自分が与えた傷ならば…自分が癒す事もできるのだと…拳を握り締めていた。
…いつかは話さなくてはならないだろう。けれど、その矢面にこの人を立たせる訳にはいかない。非難は自分一人だけで受けたい。それによって、家族から見放されても…、自分は一向に構わないが、その場に居合わせたら…高耶は自分の家族に一生後ろめたい気持ちを抱き続けるだろう…。
「直江。…分かっているから、そんな貌をするな…」
きっと自分の葛藤も全て…分かっていて、受け止めていてくれる。そして…少し淋しそうな笑みを浮かべながらも、自分に向かって手を差し伸べてくれる…高耶。
その手を握り締め、直江は覆い被さるように体を重ねると、口づけを求めた。
全ての感情をいつも受け止めてくれる高耶に、言葉でなく…行為で告げたかったからだ。
いつしか、官能をも引き出しそうな口づけに変わっていた。混ざり合った唾液が高耶の口角から漏れる。それを舌で追い、首筋に吸い付く。きめの細かい肌は、どんな肌よりも自分を煽って止まる事を忘れさせると知っていても、直江は高耶の肌に落とした唇を離そうとしなかった。
高耶はそれを止めたいのだろうが、声を堪える事だけに必死で出来ずにいた。この和室は障子で閉ざされているだけで、外の音が聞こえてくる。と言うことは中の音も、容易に外に漏れてしまうから。
「義明さん。…ちょっと宜しいかしら？」
不意に障子の外からかけられた母の声に、二人は飛び起きた。
高耶は慌てて解かれかけたシャツの前ボタンを合わせ直し、直江は自分の口元を拭ってから、その声に答えた。
「…どうぞ」
そっと障子を引いた母の手には、浴衣らしき生地が畳まれていた。
「今日、丁度この近所でお祭があるんですよ。小さいお祭だけれど、何も無いところですから良かったら行ってきたらどうかと思って。
…義明の昔の物で良かったら浴衣があるので、高耶さんにいかがかと思ったの」
そう言って差し出された物は、やはり浴衣だった。直江の分と二人分。
「義明の中学の時の物だけれど、この子ったらこんなに大きくなってしまった時、急に伸びたので一・二回しか袖を通してないから、お気になさらなかったら着てみて下さいね」
「ありがとうございます」
高耶は頭を下げて礼を告げる。それに安心したように、直江の母は笑顔で答えてその場を去って行った。
「夕食を早めに用意しますから。その後でゆっくりと行けるようにね」と言葉を残して。
夕食をやはり一緒に取るのかと、少々往生際の悪い事を考え溜め息をつく直江の横で、高耶は運ばれた浴衣に袖を通した。
母の見立通り…サイズは丁度だった。
「…なんか、釈然としねぇ…」
高耶の呟きに、直江は慌てて嫌ならいいんですよと答えたが、高耶は首を横に振った。
「そうじゃなくて…。コレ、オマエの中学の時の…って言ってたよな？」
「…そうですね。中学から高校にかけて背が一気に伸びたので…」
「オマエ…、笑ってんだろっ」
「とんでもない。背が高すぎて、苦労もしたんですよ。特にこんな純和風建築では…鴨居とかが…低くて…」
なるほど…と呟くと、高耶は笑い転げた。何もそんなに笑わなくても…と思いつつも、直江は高耶の笑顔を愛おしさの隠し切れない瞳で見つめていた。

NEXＴ ... Lunatic ⅲ

次では…橘さんちのお兄さんズに登場して頂く予定です；；
全後編ぐらいのつもりでしたが…、どうやら全四話となりそうです。
あいかわらず…話の長さが…読めませんm(__)m

2004.7.26

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