Novel-Lunatic 3

Lunatic ⅲ

早めの夕食の後、弟とつれて来た青年は祭りに行くと出て行った。
弟の今までも様々な言動から、まさか同居人が男性だとは思っていなかった照弘にとって以外尽くめの今日だったが、あの青年の美しさを見れば…妹もなるほどと頷く美しさなのだろうと思って、思わず緩めてしまった口元を意識して元に戻す。
年が離れすぎて、今日は連れて来れなかったのかもしれない。だから、兄であるあの青年が代わりに来たのだろう。少々の疑問に目を瞑りながら、照弘は離れの自分の家に戻ろうとしていた。
その道すがら、庭の奥の方から人の声がした。
一瞬にして、またしても賽銭泥棒…と、用心しながら足を進めると…弟の声もしたので帰って来たのかと声をかけようとした。
しかし…、とても声をかけられる様子ではなかった。揉めていると言うよりも、口論・口喧嘩と言った勢いだったからだ。

「もうッ！！どうしてオマエは…いつもそうなんだよッ！」
「高耶さんが人の目を気にしなさ過ぎるんです！…第一、浴衣がいけなかったのかもしれない…」
「コレはオマエのおふくろさんが持って来てくれた…」
「そうだとしても、少し肌蹴た胸元を覗くように視線を向けてきたヤツが何人いたと思っているんですか？！」
「そんなモノ好き！オマエぐらいだろッ！！それなのに、オマエときたら、肩を抱き寄せたりベタベタしてきた挙句に…、……あんなとこで、あんなコト…」
「アレくらいで済んだ、私の自制心を誉めて欲しいぐらいですよ！…本当に気がついていなかったんですか？」

その話をつい…聞いてしまった照弘は、『これは…痴話喧嘩…としか言い様がない…』と唖然としてしまう。
更に二人の怒鳴り声は続き、照弘はその場を動けなくなっていた。

「こうやって、手を差し入れて…こんな事をしたいと…ヨダレを垂らしそうに視線を送っていた輩に…」
「よせよッ！！こんな所でッ！」
「…部屋に戻ったら、家族に聞こえるからと…させてくれないでしょう？」
「オマエだって、何人もの女に意味ありげな視線を送られてり、声をかけられていたくせに！」
「妬いてくれるんですか？嬉しいですねぇ。…そんなの私にとって何の意味も無い事を知っているでしょう。知らなかったなんて言ったら、この場で分からせてあげる…」
「や…めろって…」
「…浴衣…。イイですね。すぐ、あなたの肌に触れられる…」
「…さっき…と、言っている…コト、…全然、ちが…う…。…あッ…、ダメ…だっ…」
「私の前だけだったら、着ていて欲しいですよ。いつでも…、ねぇ、高耶さん…」
「もう…コレ…以上…は…」
「そんなコト言っても、ココはそうは言ってませんよ…。ほら、もう反応して、ビクビク震えながら…濡れてきている…。擦って欲しい？握って欲しい？…それとも口で？
欲しいって言ってくれたら…何でも、してあげる…」
「…や……」
「まだ、足りない？もっと、乱れさせてからの方がいいの？それとも…後のお口で、俺を咥えたがっている？」
「あぁ…ッ！…なお…え…、…ッ…」

照弘は高耶の嬌声に目が覚めたように、その場を後にした。
信じられない情景と会話だった。…家族が悩むほど、一時派手に女遊びをしていた義明が…。
照弘は悩む事があると、いつも寺の本堂で考えるクセを持っている。それは幼い頃から、寺の子供として修行させられていた故の習慣なのかもしれない。そして、無意識にそこに足を運ぶと…、すぐ下の弟が僧衣で座っていた。
「…義弘…」
「どうしたんですか？兄さん」
まさか自分が、今、見てしまったことを、そのまま告げる訳にはいかずに、躊躇いながら義明が今日連れてきた青年の感想を聞いてみた。
「…義明が選んだのなら、それで良いんじゃないですか？周囲がとやかく言うことでは有りませんよ」
「…気がついていたのか？」
自分が実際に見るまでは気がつかなかった事を、弟は気づいたのか…、それとも義明から聞いていたのか…。もしそうならば、自分は信用されてなかったのだろうか。
「…会話や、食事中の義明の視線と仕草を見れば、普通気が付きますよ。…兄さんや父さん母さんは、義明に構いすぎと言うか…可愛がりすぎで返って見えなくなっていたんじゃないですか？…私はみんなよりも、一歩下がって見守っていようと思っていますからね」
静かな笑みと共にそう告げた弟の言葉が、痛いと照弘は思った。
「…本当に幸せそうで、満たされている表情をしていました。今まで、そんな義明は見たことが無い。彼の傍にこそ自分の居場所があるのだと…全身で宣言していましたよ。…家族の手前、言葉に出来ないからこそ。…だから、私はあの青年に感謝すら感じました。…幼い頃の義明を思えば…」
幼い頃の義明…との言葉に、照弘は唇を噛締めた。
…自分が守ろう。喩え両親が亡くなっても、自分が守り続けると…思いつづけるほど、──危険性を孕んでいた弟。そう思うのは弟が弱かったからではなく、求める物が強すぎるからだと…気づいたのはいつ頃からだったろう。そして、それが決して手に入らないから…危険なのだと同時に理解した…気がした。
「…幼い頃な、義明に『月にはうさぎがいるんだよ』と言ったら、笑いもせずに聞こえない振りをしていた。お前は簡単に信じ込んだことを…」
「…一言、余計です」
ふとその時の会話を鮮明に、照弘は思い出していた。
そんな事にはなんの興味もないのだと、横顔が拒絶していた義明。
だが、『月では人の重さも軽く感じて、高く飛ぶ事ができるんだぞ』と言ったら…、『月で…人の心も軽くなったらいいのに…。それならば、行ってみたい…』と呟いていた。『でも、その分…空気が薄くて、普通には行けないんだよ』と告げたら、諦めていたような微笑を浮かべていた。
いつも、影を負った瞳をしていた…幼い弟。
そして、大人になってもその瞳は変わらなかった。
まるでゲームをこなすように女性と関係を持っても、嫉妬…、否、愛情すらも持ち合わせていないのではないかと思うほど、それは…寒い関係だった。
それが、今夜の義明はまるで月に狂わされたように、彼に執着し…求めていた。義明の感情が、彼にしか向かないと言うのならば…｡
それで、いいのだろう…。
苦しい立場でも実家に足を運んでくれるほど、彼も義明を受け止めてくれているのだろうから…。
「幸せなら…、構わないな…」
「ええ。幸せはそれぞれですから。…兄さん、仏教での『渇愛』の意味を覚えていますか？」
「お前、さっきの仕返しか？仮にも、僧侶の資格は持っているんだぞ」
「本当に『仮』ですけどね。…凡夫の愛。悟りを開けずに煩悩にまみれた愛を否定的に使うけれど、私はそれすらも…そこにこそ幸せがあるのだと言うのならば…それで良いのではないかと思えてなりません。嫉妬に染まってしまっても、それを受け止めてくれる相手がいる限り…。
凡夫の愛には求める事に限りが無く、…故に渇いた愛なんでしょうが、それでもその中に幸せを見出せたのならきっとそれは意味のあることになると思うんです」
「…説法では言うなよ」
「当たり前です。…兄さんだから、言っているんですよ。普段は渇愛は愚かで辛い、少しでも慈悲の愛に近づけるように高みを目指すべきだと、説教してますよ」
広い本堂は、他者からは暗く空気すらも静まり夜は近づきたくない場所かもしれない。でも、そこに安らぎを感じる自分たち兄弟のように、人は…様々だと言う事だろう。
「兄さん、…月が出ていますよ」
「あぁ」
「月は西洋では人を狂わすものだと言いますからね。…兄さんはあまり浴びないように」
「…なんだ、それは」
「また、浮気のムシが起きたら困りますから。…昔から兄さんと、義明の好みは似てましたからね」
思わず手元にあったバチで剃髪してある弟の頭をぶってやろうかと思ってしまったが、…仮にも僧侶には出来ない。
苦笑するしか無かった。
「酒でも飲むかな…。付き合えよ」
「…いいですね」

そうして人のいなくなった本堂にも、変わらず月は照らしていた…。

NEXＴ ...Lunatic ⅳ

後、一話で終ります。
ですが、書きたかったこと…全部、書いてしまった気もするんですが(^^ゞ
ちょっと書いていて、照弘兄さんが…情けない感じになってしまった気もしましたが、
なにしろ…弟のあんなシーンを見せられては仕方が無いかと…

2004.7.26

Request

Index

SEO		[PR] 爆速!無料ブログ無料ホームページ開設無料ライブ放送